浄土宗 専念寺 法然上人

浄土宗 専念寺 法然上人

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年中行事

4月8日

花祭り

専念寺の花祭り

 毎年4月8日にお釈迦様の誕生を祝う法会で、灌仏会、浴仏会、仏生会、竜華会、釈尊降誕会ともいい、専念寺に於いても毎年4月8日に開催します。
お釈迦様誕生の模様は、母の麻耶夫人がお産のために拘利城に帰る途中、ルンビニ園に休息のために寄り、身を沐浴(※1)したのち産気づき、無憂華(※2)という花を折ろうとして右手を上げた時、右脇からお釈迦様がお生まれになり、そして七歩、歩いて「天上天下唯我独尊」と言い、空から香水(甘茶)が降ってきた、と伝えられています。この故事に習い、花祭りをする時には、花御堂を出し、そこの中央に誕生仏(お釈迦様が生まれた時の姿をした仏像で、右手で天・左手で地を指している)を立て、甘茶を注ぎ、下に引いた銅盤で受けるようにしています。

※1 沐浴・・・水、湯、香水、香湯を用いて身体を清める事。みそぎなどと同じく、罪やけがれが払われると考えられている。
※2 無憂華・・・無憂樹の花

5月8日

施餓鬼会(せがきえ)

  • 専念寺の施餓鬼会
  • 専念寺の施餓鬼会 法要の様子

 仏教で行われる法会の一つです。餓鬼のためにさまざまな飲食を施す法要です。施食会・水陸会・冥陽会などともいいます。本来は期日を定めずに、随時行われていましたが、いつの頃からか盂蘭盆会(※1)と混じ、盂蘭盆会と同時、またはその前後に行われるようになりました。専念寺では、毎年5月8日に開催しています。
 典拠は「救抜焰口餓鬼陀羅尼経」で、その中に、お釈迦様の十大弟子の一人阿難が、独り静寂な場所にいた時、夜、焰口餓鬼が現れて、「三日の後、お前の命は終わって、餓鬼の中に生まれるであろう」と告げました。阿難が「どうしたら、その難から免れることができますか」と問うと、餓鬼は「お前は、明日、無数の餓鬼と婆羅門仙のために、一斛(※2)の飯を施し、さらに、わたしのために三宝(※3)を供養するならば、お前の命を延ばし、かつ、わたしをして餓鬼の苦しみから免れしめることができるだろう」と言いました。阿難はこのことをお釈迦様に告げると、お釈迦様は陀羅尼(呪文)を唱え、食を施したならば、餓鬼はそれぞれに七斛の飯を得、お前は福徳寿命を増長できるであろう」とお教えになった故事にならっています。
 施餓鬼会では、三界万霊有縁無縁(※4)のために、また新亡(※5)の冥福を祈るために行われます。

※1 盂蘭盆会・・・一般的にいう、お盆の事。
※2 一斛・・・古代の体積の単位。一石(10斗・約180ℓ)のこと。
※3 三宝・・・仏教徒が帰依し供養すべき仏と法と僧の三つのこと。
※4 三界万霊有縁無縁・・・すべての仏様や精霊、御先祖様
※5 新亡・・・昨年の施餓鬼から今年の施餓鬼に至る、新しく仏様になった方々

10月8日

お十夜法要(阿弥陀様に対する報恩感謝の法要)

  • 専念寺のお十夜
  • 専念寺のお十夜 双盤念仏の様子

 お十夜法要は、当山の年中行事の一つで、毎年10月8日に行っている法要です。
 この法要は、浄土宗の経典の中の『無量寿経』にある「此に於て善を修すること十日十夜すれば、他方諸仏の国土に於いて善を為すことと千歳するに勝れたり」の文に基づいて、おこなっている法要です。
 この文は「お念仏を十日十夜お唱えすれば、極楽浄土に於いて、千年修行をする事よりも功徳がある」との意味です。
 十夜の由来は、15世紀前半(永享年中)に伊勢守貞国が願を立て真如堂に三日三夜参籠して剃髪を思い定めたところ高僧の夢告(※1)によって遁世(※2)を思いとどまりました。
 翌日瑞夢(※3)のように家督となり、その後大いに繁栄をしました。このことから続いて七日七夜の念仏を修行したことが起因であります。その後、鎌倉光明寺第九世観譽祐崇は一四九五年(明応4年)後土御門天皇に召されて「阿弥陀経」の講義をし、また真如堂の式衆(僧侶)を率いて引声阿弥陀経ならびに引声念仏法要の導師を勤めて以来、勅許により十夜法要が光明寺で行われるようになり、その後、広く浄土宗の行事となりました。

※1 夢告・・・夢の中に於いてのお告げ。
※2 遁世・・・俗世間から離れ、ときには寺院の籍からも離れ、山野に閑居して仏道を修める事。
※3 瑞夢・・・縁起のよい夢。吉夢。

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